使われている素材や作られるまでの工程だけを追っていくと、かなり特別な服です。
古い手機で何日もかけて布を織り、その生地を工房へ持ち帰って染め、洗い、裁断し、縫う。裏地にはコモで織られたシルクを使い、完成してからも一着ずつ手を入れる。
普通なら、ここまで手間を掛けた服はもっと仰々しいものになりそうです。
けれどGeoffreyは、それを日常着にしてしまう。
今回ご紹介するこのアイテムも、まさにそんな一着です。
形だけを言えば、フードの付いたハーフジップのプルオーバージャケット。
手を入れやすい大きなポケットがあり、シャツやニットの上から気軽に被ることができる。
毎日の服として、とても馴染みのある形です。
ところが、その一着を作るために行われていることを辿っていくと、まったく普通ではありません。
使用されているのは、イタリア・バドエーレ ディ モルガーノにあるTessitura La Colombinaの手機生地。
18世紀から使われている木製の織機を使い、現在も職人が手で織っています。
今回のために作られたのは、アルパゴウール、メリノウール、アルパカを組み合わせた新しい「Estratto」ファブリック。
一着分を織るだけでも3日以上掛かります。
もちろん、時間が掛かっているから良いという単純な話ではありません。
重要なのは、その時間が布にどう残っているかです。
写真を遠目に見ると、黒い服です。
けれど近づくと、黒の中にかなり複雑なものが見えてきます。
胸から肩にかけては、小さな格子のような織りが立体的に浮き上がっています。糸の太さや膨らみも一定ではなく、表面には細かな起伏がある。
そして身頃の下側へ目を移すと、今度はヘリンボーンが現れます。
色を切り替えるのではなく、織りそのものを変えることで服の面を作っている。
だから黒一色でも、光の当たり方によってかなり見え方が変わります。
凹凸の先端だけが光を拾い、その奥は黒く沈む。
少し離れれば一つの黒に戻り、近づけばいくつもの織りが見えてくる。
機械で均一に整えられた布とは、そもそも黒の見え方が違います。
Geoffreyがコロンビーナの布を使い続ける理由も、このあたりにあるのだと思います。
手機だから昔ながらで良い、という話ではない。
むしろ、均一であることを前提にした現在の生地とは違う選択肢として、古い織機を使っている。
糸を完全には揃えず、織りも均質にしすぎない。
その小さなズレが重なって、機械では作りにくい奥行きが生まれています。
そして、織り上がった時点でもまだ完成ではありません。
生地はヴェネツィア近郊、カヴァルツェレにあるGeoffreyのアトリエへ運ばれ、手作業による染色と洗いを繰り返します。
その工程だけでも15時間以上。
黒く染めれば終わりではなく、染めて、洗い、また状態を見ながら手を加えていく。
そのため、色も完全には均一になりません。
織りの奥に残る黒と、表面で光を拾う黒。
この濃淡も、先ほどの凹凸と重なっています。
裏側は、さらに違います。
使われているのは、イタリア・コモで織られた16匁のラソサテンシルク。
BrennaファミリーがGeoffreyのために製作した「Geometrica Sessanta」プリントです。
外側とは対照的に、ブルー、ピンク、オレンジ、グリーンなどの色が細かく入り、宝石や装飾品を思わせる柄が全面に広がっています。
この組み合わせが面白い。
表側には、手機で織られた黒いウール。
内側には、滑らかで鮮やかなコモシルク。
性格のまったく違う二枚の布が一着の中に収まっています。
しかも、このフーディーはリバーシブル仕様。
つまり、このシルクは「見えない部分だから良いものを使った」というだけの裏地ではありません。
裏返せば、そのまま表になります。
普段はフードの縁や、ジップを少し開いた胸元から柄が覗く程度。
それが裏返した瞬間、服全体を覆う。
黒い手機の面と、色彩の強いシルクの面。
一着の表裏というより、ほとんど二つの服です。
それでも、ただ意外性を狙ったリバーシブルには見えません。
表と裏、それぞれの素材にきちんと理由があり、その両方を使うところまで考えて仕立てられています。
ファスナーにはYKKの最高峰ライン、EXCELLAのリバーシブル仕様。
ポケットも表側には共生地の箱ポケット、シルク側にはカンガルーポケットが設けられています。
主要部分はシングルニードルで縫製。
さらに主要な縫い代は約2.5cm取られており、将来的なサイズ調整にも対応できるように作られています。
この2.5cmという余白は、かなりGeoffreyらしいと思います。
今きれいに仕上げるだけなら、必要のない布です。
でも、10年後も着ることを考えれば意味が出てくる。
身体が変わるかもしれないし、着方が変わるかもしれない。
服を完成品として固定するのではなく、その先にある時間まで設計の中へ入れているわけです。
そして、着用シルエット。
写真を見ると、かなり分量があります。
肩は自然に落ち、身幅も広い。
袖にもたっぷり布が使われています。
ただ、いわゆるオーバーサイズのフーディーとは少し違います。
大きさそのものを見せる服ではありません。
裾に太いリブを付けず、エラスティックで軽く収めているため、身頃の布が腰の上で少し溜まります。
そこで生まれる丸みが、スウェットというよりブルゾンに近い。
背中にも空気が入り、身体と服の間にひとつ空間ができます。
袖も同じです。
肩から腕に沿わせるのではなく、少し離れたところを布が落ちていく。
肘を曲げれば生地が溜まり、腕を下ろすと手機の凹凸が陰影になって戻ってくる。
厚みのある生地ですが、不思議と着膨れして見えません。
これは布自体が柔らかいことに加えて、手機ならではの織りに適度な余白があるからでしょう。
触るとしっかり厚みがあるのに、身体を動かすと布も一緒に動く。
硬い生地で形を固定するのとは逆です。
中にシャツを着てもいいし、薄いニットでもいい。
もう少し寒くなれば、この上からコートを羽織ることもできる。
そして袖を通す時には、内側のシルクがすっと滑ります。
表側だけを見れば、粗さや凹凸のある手織りのウールですが、身体に触れる側はラソサテン。
外から触った時と、着た時の感触がまるで違います。
これだけ手間の掛かった素材を使いながら、最終的には「着やすい」という、とても普通のところへ戻ってくる。
Geoffrey B. Smallの服には、そういうところがあります。
毎日の生活の中で、普通に繰り返す動作のための服です。
おそらくGeoffreyにとって、贅沢というのは「特別な日に使うもの」ではないのでしょう。
人が時間を掛けて作ったものを、自分も時間を掛けて使う。
何度も着るうちにウールが馴染み、黒の見え方が変わり、最初は膨らんでいた部分が身体に沿ってくる。
シルクにも少しずつ着た跡が残る。
新品の状態が頂点ではなく、そこから先がある。
できるだけ普通に、何度も着た方がいい。
この服に掛けられた時間を考えると、その方がずっと自然な気がします。
ジェフリーならではの一着をぜひご体感ください。
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