服には、時間の流れ方があります。
何百着、何千着と同じものを作る服もあれば、一着を完成させるために何人もの職人が何日も手を動かす服もある。
Geoffrey B. Smallの服は、もちろん後者です。
今回ご紹介するコロンビーナのコートも、その典型と言える一着。
世界で製作されたのは、この一着だけ。
HUES福岡のためだけに仕立てられた特別なコートです。
ベースになったのは1930年代のフランスのアトリエコート。
ただ、ヴィンテージを忠実に再現した服ではありません。
Geoffreyは昔の服を写す人ではなく、その服が持っていた合理性や美しさを現在の身体へ置き換える人です。
だからこのコートも、1930年代の空気を残しながら、袖を通すと完全に現代の服として成立しています。
このコートを見ていて、一番印象に残るのは生地です。
使用されているのはLanificio Tollegno 1900のメリノウール糸。
その糸を、イタリア・バドエーレ ディ モルガーノにあるTessitura La Colombinaが、18世紀から受け継がれる木製の手機で織り上げています。
今回採用された組織は、Geoffreyのためだけに開発された新しいダイアゴナルツイル。
一着分を織るだけで二日以上という時間が掛かります。
数字だけを見ると驚きますが、この生地に触れると、その時間が必要だった理由が少し分かる気がします。
表面には細かな綾目がゆっくりと走り、光を受けるたびに色が少しずつ変わる。
ブラウンともグレーとも言い切れない複雑な色味は、染色だけではなく、織りそのものが生み出している陰影です。
均一に整えられた工業製品とは違い、生地そのものに呼吸があります。
近くで見ると織りの立体感があり、少し離れて眺めると全体が柔らかい霧をまとったようにも見える。
この奥行きは、写真だけでは伝わりません。
その生地はヴェネツィア近郊のアトリエへ戻され、さらに八時間以上を掛けて手染めされます。
色を入れるためだけではありません。
染め、乾燥させ、また染める。
その工程を何度も繰り返しながら、生地の柔らかさや陰影、落ち感まで少しずつ整えていきます。
新品なのにどこか馴染んだ表情を持っているのは、そのためです。
Geoffreyの服を見慣れている方なら、この空気感はすぐに分かると思います。
細かな仕様も、このブランドらしい仕事です。
YKK最高峰のEXCELLAファスナーに、Fontan社のリアルホーンボタン、
Bozzolo Realeのシルク糸による手縫いのボタンホール、そしてMion社が製作するシルクだけで織られたブランドラベル。
どれも名前を並べるための仕様ではありません。
長く付き合ってきた職人たちの技術を、一着の服へ自然に集めた結果です。
実際に袖を通すと、このコートの印象はさらに変わります。
肩は大きく落ちていますが、肩幅だけが強調されることはありません。
肩から袖へ、生地がゆっくりと流れ、そのまま裾まで一枚の布が続いているような感覚があります。
身頃にも十分なゆとりがあります。
それでも着膨れしないのは、生地が身体から無理に離れず、自分の重みで自然に落ちていくからです。
横から見るとAラインがきれいに広がり、後ろ姿には生地の分量だけが静かに残る。
決して構築的ではありません。
布そのものが形を決めています。
歩き出すと、その印象はさらに変わります。
身体が先に動き、その少し後からコートが追い掛けてくる。
風を受けても大きく膨らむことはなく、ゆっくりと揺れて、また元の位置へ戻る。
その動きがとても自然です。
ポケットへ手を入れた姿も印象的です。
丸みを帯びた大きなポケットがアクセントになりながら、生地全体は引っ張られることなく、美しいドレープを保ったまま身体に沿います。
厚みのあるウールコートでありながら、重さを感じさせない理由は、この柔らかい生地とパターンの組み合わせにあります。
着ているというより、身体の周りに生地が静かに浮かんでいるような感覚です。
Geoffrey B. Smallの服を見ていると、「世界に一着」という言葉は最後に付いてきた結果なのだと感じます。
手で織り、手で染め、手で縫う。
それぞれの工程を、その仕事を最もよく知る人たちへ託していけば、一度に何十着も作ることはできません。
だから世界に一着。
この数字に価値があるのではなく、その数字へ至るまでに費やされた時間に、このコートの価値があります。
それは手に取った瞬間だけではなく、何年も着続けた先で、少しずつ実感していく種類の価値なのだと思います。
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HUES
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